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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1899号 判決 1981年8月27日

控訴人 株式会社サンショウ

右代表者代表取締役 松原徹義

右訴訟代理人弁護士 今村滋

被控訴人 須永幹明

右訴訟代理人弁護士 近藤義孝

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し金八七万九〇一〇円及びこれに対する昭和五一年七月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  控訴人の被控訴人に対するその余の本訴請求を棄却する。

四  控訴人は、被控訴人から靴中敷(商品名、サンソールA種)五〇〇〇足の引渡を受けるのと引換えに、被控訴人に対し金一二五万五〇〇〇円を支払え。

五  被控訴人の控訴人に対するその余の反訴請求を棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審の本訴及び反訴を通じてこれを控訴人並びに被控訴人の平分負担とする。

七  この判決は、第二項に限り、仮に執行するとこができる。

事実

控訴代理人は、「(一) 原判決を次のとおり変更する。(二) 被控訴人は、控訴人に対し金一一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年七月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。(三) 被控訴人の反訴請求を棄却する。(四) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに右(二)項につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

(本訴について)

一  控訴人の請求原因

(一)  控訴人は、昭和五〇年一一月二四日、被控訴人に対し控訴人がその営業として製造した靴中敷(商品名サンソール)を左記の約定で売渡した。

(1) 商品数 サンソールA、B種各五万足、計一〇万足

(2) 代金額 金一四〇〇万円(一足につき金一四〇円)

(3) 手付 金三〇〇万円

(4) 代金支払期限は、商品納入と同時又はおそくとも従業員に対する年末手当支給日である同年一二月二八日(控訴人は、従前、商品納入月の二五日締め、翌月末日払の約である旨主張したが、右主張は、真実に反し、かつ、錯誤に基づくものであるから、これを撤回する。)

(5) 商品納入期日 同年一二月二三日

(二)  控訴人は、被控訴人から同年一一月二六日、手付金三〇〇万円を受領するとともに、同月二五日から商品の納入を開始し、同年一二月二三日をもって全商品を完納した。

(三)  然るに、被控訴人は右支払期限を経過するも、前記手付金三〇〇万円を除くその余の代金金一一〇〇万円の支払をしない。

(四)  よって、控訴人は被控訴人に対し、右残代金一一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達による催告の翌日である昭和五一年七月二八日から右支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(五)  仮に、右主張が認められないとしても、昭和五〇年一二月二六日控訴人の右残代金請求に対し、被控訴人はその支払を拒絶したので、控訴人は被控訴人に対し、昭和五一年一月一〇日到達の書面をもって被控訴人の右債務不履行を理由として右売買契約を解除する旨の意思表示をし、かつ、同月一九日限り納入ずみの右商品を返還するよう求め、その返還ができないときは、手付金三〇〇万円を差引いた残代金相当額の損害金の支払を請求した。

(六)  然るに、被控訴人からは右商品の返還がなされないまま経過し、右商品はもともと被控訴人指定の特定商品であって、控訴人製造の商品である旨の表示もなく、他に売却することも不可能である上に、もはや右商品の薬用効果も殆んど失われ、商品としての価値を全く失っているものである。

(七)  よって、控訴人は被控訴人に対し、右商品の返還に代るべき損害として右残代金相当額の金一一〇〇万円及びこれに対する前同旨の遅延損害金の支払を求める。

二  被控訴人の答弁

(一)  請求原因(一)の事実は否認する。被控訴人は、控訴人に対し本件商品の買主であるヤマコ通商株式会社を紹介したにすぎない。なお、控訴人の本件商品代金の支払期限に関する主張の訂正については、異議がある。

(二)  同(二)の事実のうち、被控訴人が控訴人に対しその主張の日に金三〇〇万円を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。右三〇〇万円は、反訴請求原因(六)で述べるとおり、被控訴人が控訴人に貸付けたものである。

(三)  同(五)の事実のうち、被控訴人が昭和五一年一月一〇日、控訴人からその主張の如き契約解除、商品返還要求等の通告を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人は右通告に対し、反訴請求原因(三)、(四)で述べるとおり、当時神鷹並びに五代儀において控訴人に対し売買代金の返還請求権等を有していたので、これと控訴人の求める本件商品の返還債務とは、約定により同時履行の関係にあり、かつ、右神鷹らにおいて本件商品につき商法第五二一条に基づく留置権がある旨を述べた次第である。

(四)  同(六)の事実は否認する。

三  被控訴人の仮定抗弁

仮に、被控訴人に控訴人主張の如き売買代金あるいは損害賠償の支払義務があるとしても、被控訴人は、控訴人に対し反訴請求原因(三)ないし(七)で述べるとおり、合計金一四八九万〇六二二円の保証金の返還請求権等の債権を有するから、昭和五六年六月二三日の本件口頭弁論期日において、これをもって控訴人の右請求債権とその対当額につき相殺する旨の意思表示をした。

四  被控訴人の仮定抗弁に対する控訴人の答弁

反訴請求原因に対する控訴人の答弁(三)ないし(六)のとおりである。

(反訴について)

一  被控訴人の反訴請求原因

(一)  訴外神鷹弘信は、昭和五〇年九月三日頃、控訴人からサンソール二万足を代金二八〇万円(一足につき金一四〇円)で買受け、その頃右代金を控訴人に支払った。

又、訴外五代儀弘光は、同月一五日頃、控訴人からサンソール三万足を代金四二〇万円(一足につき金一四〇円)で買受け、その頃控訴人に対し売買代金内入れに予定された保証金三〇〇万円を支払い、残代金一二〇万円については、その支払期限が同年一一月二〇日と定められた。

(二)  ところが、右各商品に付せられた水虫治療の効果がある旨の宣伝文句は、その表示自体薬事法違反の疑いがあるとして、警察当局の摘発を受け、同年一〇月一四、一五の両日にわたって、右五代儀の買受けたサンソール一万一五〇九足が押収されると同時に、すでに転売した分については、その転売先からの回収を命ぜられたほか、右商品の転売、移動等を禁止され、爾後転売不能に陥ったため、右両名は、同年一一月中旬頃控訴人に対し前記各売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、原状回復並びに損害の賠償を求めた。

(三)  すなわち、右解除により右両名は、控訴人に対し次の如き債権を取得するにいたった。

(1) 神鷹

① 支払ずみの代金二八〇万円の返還請求権

② 転売不能による得べかりし利益の喪失金二二〇万円の損害賠償請求権(一足につき金一一〇円の割合による二万足分)

③ 転売不能による人件費を含む経費の支出金一〇〇万円の損害賠償請求権

(2) 五代儀

① 保証金として交付ずみの金三〇〇万円の返還請求権

② 転売不能による得べかりし利益の喪失金三三〇万円の損害賠償請求権(一足につき金一一〇円の割合による三万足分)

③ 転売不能による人件費を含む経費の支出金五四〇万円の損害賠償請求権

④ サンソール回収に要した費用金一二三万円の損害賠償請求権

⑤ 右回収に前後して今日まで販売禁止等に伴う右商品の倉庫保管費用金一〇八万円の損害賠償請求権

⑥ 右商品販売のため他から借受けた事務所の賃借料、権利金等の支出金八六万円の損害賠償請求権

(四)  前項の損害につき、さらに詳述すれば、神鷹は、その買入れたサンソール二万足を川口商店に代金五〇〇万円(一足につき金二五〇円、買入価額との差額金一一〇円)で転売し、代金として額面金五〇〇万円の約束手形を受領したが、右摘発により、残品一万三〇〇〇足を引取るとともにこれを五代儀に預け、右手形を川口商店に返却し、他方、サンソール販売のため他から借受けた事務所の賃借料、人件費等の経費を支出した結果、前項(1)の②、③の損害を被ったものであり、又、五代儀は、同年九月初め頃その買入れるべきサンソールを販売するための会社の設立準備に着手し、同月二〇日頃他から事務所を借受け、会社名を株式会社伸幸物産、代表取締役には五代儀の就任を予定し、右事務所で従業員六名を働かせ、かつ、セールスマン、代理店の募集を始めるとともに、その買入れた三万足のうち二万足を北洋交易株式会社に、その余を小売店、消防署、自衛隊等にいずれも一足につき金二五〇円(買入価額との差額金一一〇円)で転売し、右北洋交易から代金として額面金五〇〇万円の約束手形を受領したが、右摘発により在庫の一万一五〇九足につき押収処分を受け、その保管を命ぜられたほか、右北洋交易等から一万五〇〇〇足を引取った上、北洋交易に右約束手形を返却し、その頃、控訴人に対し神鷹から預っていた一万三〇〇〇足を返品し、目下、残余の二万六五〇九足を五代儀の倉庫において保管することとなったが、ここにいたって、サンソール販売計画はついに挫折し、昭和五一年二月頃右事務所を閉鎖するとともに、従業員もすべて解雇するのやむなき仕儀となった結果、前項(2)の②ないし⑥の損害を被ったものである。

(五)  被控訴人は、昭和五一年八月一六日、神鷹から(三)項(1)の①及び②、③のうちの金三〇〇万円合計金五八〇万円の債権を、同月一三日頃、五代儀から同項(2)の①及び②ないし⑥のうちの金一〇六〇万円の債権をそれぞれ譲受け、右両名はその旨控訴人に通知し、神鷹の通知は同月一八日、五代儀の通知は同月一六日、それぞれ控訴人に到達した。

(六)  被控訴人は、昭和五〇年一〇月頃、控訴人から神鷹、五代儀との間の前記損害賠償問題につき相談を持ちかけられた結果、控訴人においてサンソールの前記宣伝文句の表示を変更し、これを雑貨として製造販売することによる利益をもって右損害賠償問題の解決を図ることとし、その製造費用として金三〇〇万円の融通を求められたので、同年一一月二六日、控訴人に対し金三〇〇万円を貸付けた。

(七)  よって、被控訴人は控訴人に対し、以上合計金二二四〇万円のうち、原判決の認容にかかる金一四八九万〇六二二円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である昭和五二年三月二四日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  控訴人の答弁

(一)  反訴請求原因(一)の事実のうち、五代儀の残代金の支払期限の点を除き、すべて認める。右支払期限に関する被控訴人の主張事実は否認する。なお、五代儀の残代金一二〇万円はいまだ支払われていない。

(二)  同(二)の事実のうち、サンソールの包装の表示につき薬事法違反の疑いがあるとして、その一部が被控訴人主張の頃押収されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右薬事法違反の疑いにより押収されたのは、五代儀に売渡した分のうち、サンソールA種五〇〇〇足のみであって、これも取調べののち容疑なしとして全部五代儀に還付された。

(三)  同(三)の事実は否認する。同項(1)の③は同②により、又、同項(2)の③⑥は同②によってそれぞれ賄われるべき性質のものであり、被控訴人の被った損害とはいえない。

(四)  同(四)の事実のうち、控訴人が被控訴人主張の頃、神鷹から五代儀を通じてサンソール一万三〇〇〇足の返品を受けたことは認めるが、神鷹と川口商店との取引関係については不知、その余の事実は否認する。

(五)  同(五)の事実は否認する。

(六)  同(六)の事実のうち、控訴人が被控訴人からその主張の日に、金三〇〇万円を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。右金三〇〇万円は、本訴請求原因(二)で述べたとおり、売買代金の内入れとなるべき手付金として受領したものである。

三  控訴人の仮定抗弁

(一)  五代儀は、本件サンソールと同一内容の他社製品「ナオール」が司法当局の捜査を受けた昭和五〇年七月末頃、これを購入販売していたので、本件サンソールも包装に「水虫専用」の表示があるため捜査、摘発を受ける可能性のあることを予知し得たのに、あえてこれを買受けたものであるから、同人にも右買受けにつき過失があり、したがって、控訴人には同人に対する損害賠償の責任はなく、仮に、その責任があるとしても、その賠償すべき金額につき同人の右過失が斟酌されるべきである。

(二)  又、控訴人と被控訴人との間において、本訴請求原因(一)の売買契約を締結した際、この取引により五代儀との前記取引に関する損害賠償等の件は一切不問に付する旨の合意がなされた。

(三)  控訴人の五代儀に対する保証金の返還並びに損害賠償の各債務と、同人の控訴人に対する買受商品のうちのサンソールA種五〇〇〇足の返還債務とは、売買契約の解除により同時履行の関係にあるから、五代儀の控訴人に対する右各債権を譲受けた被控訴人に対しても、右商品の返還があるまで、控訴人は右債務の履行を拒むものである。

四  控訴人の仮定抗弁に対する被控訴人の答弁

抗弁事実は、すべて否認する。

(証拠関係)《省略》

理由

(貸金三〇〇万円に関する反訴請求部分を除くその余の反訴請求について)

一  まず、サンソール売買契約の解除に伴う原状回復等に関する反訴請求の当否につき検討するに、神鷹が昭和五〇年九月三日頃、控訴人からサンソール二万足を代金二八〇万円(一足につき金一四〇円)で買受け、その頃右代金を控訴人に支払ったこと、さらに、五代儀が同月一五日頃、控訴人からサンソール三万足を代金四二〇万円(一足につき金一四〇円)で買受け、その頃控訴人に対し売買代金内入れに予定された保証金三〇〇万円を支払ったことは、当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

1  右サンソールは、加藤淳一、加藤雄二の両名が水虫を治療する効果のある靴の敷革の製造方法として特許権を取得し、控訴人においてその実施権を得て、昭和五〇年三月頃から営業としてA、B二種の製造を始め、A種については、その包装に「水虫専用」と表示して販売するにいたったこと

2  神鷹は、同年八月頃これを継続的に仕入れて転売しようと考え、被控訴人から資金の援助を受けて、前示のとおり控訴人からサンソール二万足を買受け、これを五代儀の経営する御国工機株式会社の倉庫に納入してもらうとともに、その頃右二万足を代金五〇〇万円(一足につき金二五〇円)で川口商店に転売し、その代金として額面金五〇〇万円の約束手形を受取ったこと

3  その後、神鷹、五代儀及び被控訴人は協議の上、サンソールの販売を目的とする会社の設立を計画し、その準備を進めるとともに、前示とおり、五代儀において被控訴人の資金援助の下に、控訴人からサンソール三万足を買受け、前記倉庫に納入してもらった上、設立予定の株式会社伸幸物産の名で同年九月二二日、そのうちの二万足を代金五〇〇万円(一足につき金二五〇円)で北洋交易株式会社に転売し、同社から代金として額面金五〇〇万円の約束手形を受取ったこと

4  ところが、同年九月三〇日になって、控訴人が薬事法違反の疑い(調査嘱託にかかる横浜地方検察庁の回答書によれば、控訴人が厚生大臣の許可なくしてサンソールA種を製造販売したことが同法第一二条第一項、第五五条第二項、第八四条第一項第二号、第一二号、第八九条に触れる容疑)で、警察当局の捜査、摘発を受ける事態となり、買受人たる神鷹、五代儀の両名も取調べを受け、同年一〇月一四日神鷹はその関係書類を押収され、翌一五日には、前記倉庫に保管中のサンソールA種一万一五〇九足が押収されるとともに、サンソールA種につき今後の転売、移動等が禁止されるにいたったこと(警察当局による捜査、摘発、商品の一部押収の点については、当事者間に争いがない。)

5  そこで、右両名及び被控訴人らは、転売ずみのサンソールもこれを回収するの余儀なきにいたり、直ちにその回収を図った結果、神鷹においては一万三〇〇〇足を回収し、五代儀にこれを預けたが、残余の七〇〇〇足については回収するにいたらず、右回収分一万三〇〇〇足はその頃五代儀を通じて控訴人に返品されたこと(右返品の点については、当事者間に争いがない。)又、五代儀においては、一万五〇〇〇足を回収したが、三四九一足は回収できなかったこと(以上、神鷹、五代儀両名の回収並びに回収不能分の数量については、被控訴人の自認するところでもある。)

6  神鷹、五代儀の両名は、その頃それぞれ前記約束手形を買主に返却したこと

7  次いで、右両名は、同年一一月頃、右摘発によりもはや前記各売買契約はその目的を達することができなくなったものとして、控訴人に対し右各契約を解除する旨の意思表示をし、さきに交付した代金等の金員の返還並びに損害の賠償を求め、さらにその後、右解除に伴い被控訴人主張の如き内容の損害賠償請求権等の債権を取得したとして、被控訴人主張の日付をもってこれらを被控訴人に譲渡し、かつ、その旨を控訴人に通知したこと(右解除通告並びに代金等の返還請求等のなされた点については、弁論の全趣旨により控訴人の明らかに争わないところと認められる。)

8  押収された前記サンソールについては、のちに、「水虫専用」なる表示を消去すればこれを販売しても差支えないとして、押収が解かれたが、結局、五代儀の関係において二万六五〇九足が前記倉庫に保管されるままになったこと(押収を解かれた上、回収分を含め二万六五〇九足が右倉庫に保管されるにいたったことについては、被控訴人の自認するところでもある。)

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三  右認定の事実によれば、サンソールB種については、当初から摘発を受けてはおらず、又、A種についても、のちに、「水虫専用」なる表示を消去すればこれを販売することが可能になったわけではあるが、前叙の如き摘発あるいは回収の行われた状況の下にあっては、日時の経過による右サンソールの性能の低下あるいは商取引の実情にも徴し、もはやその残品につき正常な価額による転売は不可能に陥ったものとみるべきであって、神鷹、五代儀両名との間の前記売買契約は、いずれも控訴人の責に帰すべき事由によりその本旨に従った完全な履行がなされなかったことに帰し、かつ、その追完の途もなく、結局右各売買契約はその目的を達するにはいたらなかったものということができるから、これを理由とする神鷹、五代儀両名の控訴人に対する前記各売買契約解除の意思表示は、いずれも有効なものといわなければならない(なお、控訴人は、本件各売買契約が禁制品の売買を目的としたものとして無効である旨主張するかのようであるが、前示のとおり、単に「水虫専用」なる旨の表示をして販売した点に薬事法違反の嫌疑がかけられたものであって、のちに、右表示を消去すればこれを販売しても差支えないものとされたのであるから、仮に、右の如き主張がなされているとしても、これを採り上げる余地はない。)。

四  そこで進んで、神鷹、五代儀両名の被った損害等につき検討するに、

1  控訴人は、右解除に伴う原状回復として、さきに神鷹から受領した代金二八〇万円はもとよりこれを同人に返還すべきであり、又、すでに説示したところから明らかなとおり、同人はその買受けたサンソールにつき一足当り金一一〇円(買入価額一四〇円と転売価額二五〇円との差額)の転売利益を得てこれを他に転売し得たものであることが認められるので、回収のやむなきにいたったため、結局転売するにいたらなかった一万三〇〇〇足につき金一四三万円の得べかりし利益を失ったことになり、同額の損害を被ったものということができるから、控訴人は同人に対し右損害を賠償すべきことになる。

しかしながら、回収にいたることなく転売し得た七〇〇〇足については、川口商店から前記転売価額による代金の支払を受け得る筋合であるから、右の分については、得べかりし利益の喪失はないものというべきである。もっとも、神鷹は川口商店から代金として受領していた額面金五〇〇万円の約束手形を返却したことが認められるが、右七〇〇〇足分については、格別代金返却の要をみなかったものであるから、右返却の事実があるからと言って、この分につき転売利益を失ったものとすることはできない。

2  又、被控訴人主張の事務所の賃借料、人件費等の経費支出の点については、その事柄の性質上、いずれも営業利益によって賄われるべきもの、換言すれば、逸失利益の賠償を受けることをもって共に償われて然るべきものと考えられるから、右費用支出の有無等につき判断を加えるまでもなく、この点に関する損害賠償の主張は、当を得ないものというほかはない。

3  次に、五代儀は二万六五〇九足を転売できなかったのであるから、控訴人は、右解除に伴う原状回復として、さきに五代儀から受領した保証金三〇〇万円を同人に返還すべく、又、神鷹の場合と同様に五代儀もまた転売できなかった右二万六五〇九足につき金二九一万五九九〇円(一足につき金一一〇円)の得べかりし利益を失ったことになるから(すでに転売ずみの三四九一足については、神鷹の場合につき説示したところと同様、その損害は発生していないものというべきである。)、控訴人は五代儀に対し右損害を賠償すべきことになる。

4  又、《証拠省略》によれば、五代儀は、転売したサンソールの回収費用として計金一二三万円を支出したことが認められ、これもまた控訴人の債務不履行によって五代儀の被った損害であり、かつ、その事柄の性質上通常生ずべき損害とみることができるから、控訴人においてこれを賠償すべきものである。

5  しかしながら、被控訴人主張の事務所の賃借料、権利金、人件費等の営業経費については、神鷹の場合につき説示したところと同様、その主張自体失当というほかはなく、回収されたサンソールの倉庫保管の費用については、その支出につき、これを確認するに足る証拠がない。

五  以上を要するに、控訴人は、神鷹に対し合計金四二三万円を、五代儀に対し合計金七一四万五九九〇円、以上合計金一一三七万五九九〇円を支払うべき義務を負担するものであるところ、《証拠省略》によれば、神鷹は、昭和五一年八月一六日控訴人に対する前記債権を被控訴人に譲渡し、同月一八日到達の意思表示をもってその旨控訴人に通知したこと、また、五代儀は、同月一三日控訴人に対する前記債権を被控訴人に譲渡し、同月一六日到達の意思表示をもってその旨控訴人に通知したことが認められるから、控訴人は被控訴人に対して前記各金員を支払うべき義務があるが、その余についての支払義務はない。

六  控訴人は、前記反訴請求に対する抗弁として、五代儀においても本件サンソールを買受けるに当って、それが薬事法違反として摘発されるおそれがあることを予知し得た旨主張するが、これを肯認するに足る証拠はなく、又、控訴人と五代儀との取引に関する損害賠償等の問題については、これを一切不問に付する旨の合意がなされた旨主張するが、控訴人代表者の供述のほか、これを認めるに足る証拠はなく、右供述は、《証拠省略》と対比し到底採用し難い。

次に、五代儀の前記倉庫に今なお本件サンソール二万六五〇九足が保管されていることは、さきにみたとおりであって、前記解除に伴い、五代儀はこれを控訴人に返還すべく、同人の控訴人に対する前記保証金の返還請求権等と右商品の返還義務とはもとより同時履行の関係にあり、五代儀から右債権を譲受けた被控訴人についても、右債権譲渡の通知を受けたにとどまる控訴人は、民法第四六八条第二項により右同時履行の抗弁権をもって対抗することができるのであるが控訴人は、本件において右二万六五〇九足のうち、サンソールA種五〇〇〇足との引換え給付を求めるにとどまるから、これと対応すべき五代儀関係の(イ) 保証金の額は、金三〇〇万円の三万(足)分の五〇〇〇(足)に当る金五〇万円、(ロ) 五〇〇〇足分の逸失利益に当る金五五万円(一足につき金一一〇円)、(ハ) 回収費用については、その総額金一二三万円の三万分の五〇〇〇に当る金二〇万五〇〇〇円、以上合計金一二五万五〇〇〇円であって、右金額の限度において控訴人の引換給付の抗弁はその理由があるものということができるが、右限度を越える部分についての引換給付の抗弁は、これを失当とするほかはない。

(本訴請求について)

一  《証拠省略》を総合すると、神鷹、五代儀の両名が前判示のとおり、薬事法違反の件で取調べを受け、あるいはサンソールの押収処分等を受けて間もない昭和五〇年一〇月二〇日頃、被控訴人は、神鷹、五代儀の両名に資金援助をしていた関係もあって、同人らの被った損害の賠償問題等につき控訴人代表者松原徹義及び営業部長橋本鼎と協議した際、ヤヤコ通商株式会社からサンソール一〇万足の引合があるかも知れないとして、控訴人においてこれを製造する意思があるか否かを確かめるとともに、この取引に成功すれば控訴人らが薬事法違反の件で被った損害も穴うめができ、双方利益になる旨を述べ、もし製造する意思があるならば新しいサンプル(「水虫専用」なる表示を付さなければ、サンソールの販売もできる旨警察当局から説明を受けていたので、その趣旨に副ってサンプルを作ること)を作製するよう求めたこと、当時松原は、右違反事件のため、サンソール製造の意欲を失ってはいたが、被控訴人の勧めにようやく従うこととしたこと、しかし、控訴人には再びこれを製造する資金がなかったため、右橋本が被控訴人に対し製造資金の融通を頼み、後日売買代金に充当する意も含めて、同月二五日、被控訴人から金三〇〇万円の小切手を借受け、翌二六日控訴人に入金されたこと、かくして控訴人は、右資金等を元手にサンソールの製造を開始し、包装の表示を「靴の湿気除去」と変更したサンソール一〇万足を同年一二月初め頃から二三日頃までの間に、五代儀の前記倉庫に納入するにいたったこと、右納入の最中に、被控訴人から代金値引の要求が出たが、控訴人がこれを断わったこと、同年一二月二六日控訴人が前記三〇〇万円を代金内入れに当てた残余の代金を請求したのに対し、被控訴人が金一二〇万円の小切手を提供するにとどまったため、控訴人はその受領を拒んだこと、その後右サンソールは前記ヤマコ通商の買取るところとならないまま今なお前記倉庫に保管されていること、以上の事実が認められ、右認定を妨げるべき証拠はない。

二  右認定事実ならびに控訴人の代表者松原もしくは橋本が右サンソール一〇万足の売買の件につき直接ヤマコ通商側と交渉した形跡が全く見当らないこと、その他右サンソールがすべて被控訴人の指定した前記五代儀の倉庫に納入されたことも併せ勘案すると、控訴人がこれを製造したのは、正しく被控訴人に買取ってもらうためであったとみるほかはなく、被控訴人主張の如く、ヤマコ通商に直接売却するつもりで製造したものとは到底認められず、神鷹、五代儀両名との前記認定の取引の形態に徴しても、被控訴人においてこれを一足につき金一四〇円で買受けた上、ヤマコ通商等に転売してその利益を得ようとしたものと推認するほかはない。すなわち、被控訴人が控訴人に前記三〇〇万円を貸与した頃に、被控訴人が控訴人から右サンソール一〇万足を代金一四〇〇万円で買受けたものとみるべきである。

《証拠省略》中には、右認定に副わない部分がみられるが、これらは本件取引にいたる前記認定の諸般の事実に照し、たやすく採用することができない。

三  とすれば、被控訴人が控訴人に交付した前記三〇〇万円は、さきにみた交付の趣旨並びに被控訴人が残代金一二〇万円を提供しようとしたこと、右取引による商品のすべてがすでに被控訴人に引渡されていること等に徴し、おそくともその引渡完了の時点においてもはや代金の内入れに充当されたものと推認することができるから、控訴人は被控訴人に対し右売買代金一四〇〇万円から右三〇〇万円を控除した残額金一一〇〇万円の支払を求めることができるものというべきである。

四  ところで、被控訴人が昭和五六年六月二三日の本件口頭弁論期日において、右残代金の請求に対し、反訴請求にかかる保証金等の金員返還請求権並びに損害賠償請求権をもってその対当額につき相殺する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかであり、前記残代金支払義務の履行期については、本件にあらわれた全証拠をもってしてもこれを確認するに由がないので、本件本訴状の送達により昭和五一年七月二七日その履行期が到来したものとみるほかはなく、他方、被控訴人の控訴人に対する前記保証金等の金員返還請求権等の履行期については、神鷹、五代儀の両名において控訴人に対し前記のとおり売買契約解除の意思表示をするとともに保証金等の金員の返還並びに損害の賠償を求めた昭和五〇年一一月頃のおそくとも同月末日をもってその履行期が到来したものとみることができるから、同日をもって相対立する右両債権は相殺適状にあたったものというべきである。又、被控訴人の控訴人に対する前記金一一三七万五九九〇円の債権のうち、サンソールA種五〇〇〇足との引換給付にかかる前記金一二五万五〇〇〇円については、もとよりこれを相殺に供しえないものというべきであるから、これを控除した残額金一〇一二万〇九九〇円をもって控訴人の被控訴人に対する残代金債権金一一〇〇万円とその対当額につき相殺されることとなり、その結果、控訴人は被控訴人に対しその残余である金八七万九〇一〇円の支払を求め得ることとなる。

なお、被控訴人は、控訴人の予備的請求に対する答弁においてではあるが、右残代金債務についても、これと前記保証金等の金員の返還請求権並びに損害賠償請求権とが約定によって同時履行の関係にある旨主張するかのようであるが、右の如き約定の成立を認めるに足る証拠はない。

(貸金三〇〇万円に関する反訴請求について)

被控訴人がその主張の日に控訴人に対し金三〇〇万円を交付したことは、当事者間に争いがないが、右金員は、前段一、三において説示したとおり、控訴人と被控訴人との間におけるサンソール一〇万足の売買代金に充当する意をも含めて交付されたものであって、被控訴人においてすでに商品の全部を受領し、かつ、右売買契約が今なお有効に存続しているものとみるべきである以上、右金員はすでに右代金の内入れに充当されたものと推認されるから、これを貸金であるとして、その返還を求める被控訴人の反訴請求は、失当たるを免れない。

(結論)

以上の次第であって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求については、サンソール一〇万足の売渡代金の残額金八七万九〇一〇円及びこれに対する履行期の翌日である昭和五一年七月二八日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものとし、被控訴人の控訴人に対する反訴請求については、サンソールA種五〇〇〇足の引渡と引換えに金一二五万五〇〇〇円の支払を求める限度においてこれを相当として認容すべく、その余を失当として棄却すべきであるから、以上の結論と異る原判決を右の趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を、控訴人の申立にかかる仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 中村修三 松岡登)

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